概要

 採血時の針刺し事故に関しては、いわゆる本物と偽物があります。後者の場合、実際には神経損傷には至っておらず、痛みの正体はソフトペインであるケースがほとんどです。

 パニック発作あるいはこれに準ずる脳の誤作動によってソフトペインが生じ得るメカニズムを知っていて、かつ認知科学統合の臨床経験値を持つ医療者であれば、誤診のリスクは最小限に抑えられますが、ハード論の現場ではそうしたリスクが常に潜在しています。「痛み=ハードペイン」という固定観念および先入観が、いかに危ういものであるか…。

 筆者は整形勤務時代、子供の橈骨骨折の治療に際し、「ボキッ」という整復音を聴いた母親が、自分の腕に痛みを感じたという事例を経験しています。皮膚兎錯覚(cutaneous rabbit)やラバーハンド・イリュージョンの実験で証明されているように、感覚の転移は現実にあるということです。

 とくに共感力の高い人(エンパス)では、こうした幻の痛みを感じてしまう現象が起きやすく、傾聴カウンセリングを行う現場においては、そうした過去の体験談を知る機会が少なくありません。

 本講義では、過去に心身相関の病歴を色濃く持っている(失神の体験2回、美容手術後の慢性痛、パニック発作による救急搬送、拒食症による心療内科への通院等々)にも関わらず、診察に当たった4~5軒の医療機関すべてが精緻な問診を行っておらず、既往歴を一切顧みることなく、結果として誤診してしまった症例です。

 待合室が患者で溢れ返っている病院の、多忙を極める外来では、じっくりと時間をかけて問診を行うことは大変むつかしい…。

 患者が披瀝する情報というものは、無意識的に何かが隠蔽され、何かが脚色され、何かが必要以上に強調されるわけで、そのすべてが事実とは限らない…。患者の病態をきめ細かく分析し、ファクトの抽出を究めるプロセスは、やはり筆者のような臨床環境(完全予約制・自費診療・初診時90分以上の時間確保)でないと、現実的にむつかしいのかもしれません。何事も役割分担ということでしょうか。

 あとは当会のごとき認知科学統合に関わる情報が、いかに幅広い現場にフィードバックされ、いかにして教科書の書き換えにつながるか…。

 本講義で紹介した症例は、初診時1回のみの受診でしたが、後日の予後調査によって、改善傾向にあることが分かりました(下の画像はメールのやり取りのスクショ)。

 そもそも治療目的の受診でないことは、診察室に入ってきた患者の雰囲気で察知していましたので、術者のマインドセットとしては施術ありきのスタンスではなく、インナーディフェンスに関わるトップダウン回路への働きかけを意識しました。

 しかし結果として「それだけのことで患者のメンタリティが変わるんだぁ…」ということを、本講義を通じてお分かりいただけると思います。

 さらに本人が申告してきた「アナフィラキシーショックで救急搬送」という体験談。これに対するラベリングのピールオフ(実際はアナフィラキシーではなくパニック発作であった可能性が極めて高い)、これに関連して基礎医学のおさらい(アドレナリンとノルアドレナリンの違いについて解説)の場面も収録しています。
 
 医療者にとって欠かせない基礎知識の整理を兼ねておりますので、是非ご視聴なさって下さい。

動画(①~②全37分)

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