
通院中の患者が他医で受けた施術を大絶賛!
痛みの臨床に長く携わっていると、施術者の心拍が急上昇する場面があります。
「3日前、また痛みがぶり返しちゃって、あまりに辛かったので、ここに来ようと思ったけど独りじゃ無理…、運転手(夫)がいないとここまで来れない…、その日は夫が多忙で…。仕方ないので近所の整形に行ってきました…、(途中省略)、そこの先生(PT)の施術がすごくソフトで、こちらのに似ていて、優しく触るだけっていう感じだったけど、私にはとっても心地よくて…。今まで色々な治療を受けてきたけど、一番気持ち良かった…、その先生の手の感触が…」と、
こういう話を聞かされている最中、心穏やかなまま平常心キープという臨床家は少ないのではないでしょうか。なかには「べつにい~、何とも思わないけど」とまったく意に介さないという強者(つわもの)もいるかもしれませんが、どうでしょう?たいていは「困ったなあ、今日このあとの施術、どうしたらいいのかあ」と…。
なので施術に入る前、様々な思考を巡らせることになります。私の場合で言えば、この患者の目的は何なのだろう?他医での治療を高評価することで、当方のやる気に火をつけたいという無意識の働き?
それとも「というわけで今後はその整形に通います」という通院中止を告げるための伏線?仮にそうだとしたら、今日ここに来た理由は?黙って整形に転医すれば済むものをわざわざ遠方から来院して事の次第を詳細に告げる行為にどんな意図が?
「お前の施術なんかよりずっと上の素晴らしい治療が他にあったぞ!治療費を返せ!」という所謂そっち系の穿った見方が当てはまるような人物像にはとても見えない(そこまで歪んだ攻撃性を持つタイプではない)…。
あるいは表層意識はいたって純粋で「ねえ、聞いて聞いて!ようやく自分と相性のいい素晴らしい治療に出逢えたの…」という喜びを単純に表現したいだけ?
もしかすると治療に関してはどれか一つに絞るのではなく、同時併行的に複数の治療を受けたいという考え?
そもそもの話、ティピカル(定型発達者)であれば、この手の話は相手に失礼だと感じて、普通ここまで濃厚に話すことはしないから、やはり初診時に感じた
いずれにせよ、彼女のスタンスは終始「そのPTの施術は最高だった」と言い続けてるだけで、肝心の痛みがどうなったのかについては言及がない…、まずはそこからだなと気持ちを落ち着かせて、
「傾聴カウンセリング」「クリニカル・コミュニケーション」「質問返し」については、2021年4月18日の定期セミナーで講義させていただきました。その様子はこちらのページでご視聴できます。
そのときの実際の会話
ここから先は、その患者さんとの実際のやり取りを再現します。
「ところで、その後痛みは?」
「(整形のPTの)施術を受けた直後は少し楽になりましたが、夜にまた激痛が…」
「ペインスケールの展開(痛みの数値化については初診時にその概念を説明済みで、本人も意味を理解している)は、どんな感じに?」
「あの日(整形に行く前)の朝は10で…、病院から戻ったあとは7くらい…、夜は9…、朝まで眠れませんでした」
「で、その整形への通院はどうなさっているんですか?」
「昨日も一昨日も行ってきました」
「で、痛みのほうは?」
「直後は少しいい感じになります」
「そうなんですね…、ここに来る前も、いろいろな治療を受けてきたと仰っていましたが、今回の一連の通院歴のなかで比較すると、その整形はどんな位置づけになりますか?」
「以前行ったところは、行っても全く変わらないか、かえって痛みが強くなるという繰り返しだったので、そういうのに比べたら…」
「ですよね、ようやく少しでも光が見える施術に出遭えたってことですもんね、ホントに良かったですね。では、しばらくそこでの治療を続けられるということですね」
「はい、週に2回くらいのペースで続けようと思ってます」
「では、こちらでの治療はどうしましょう?って言うか、どうしたいとお考えですか?」
「…」
BReINという統合療法だからこそできる柔軟な対応
ほんのわずか1~2秒の間があり、即答してこなかった(言葉を探そうという雰囲気が感じられた)ので、瞬間的に助け舟を出すべく当方からの提案を…。内心「だめもと」という気持ちで…。
「初診時に説明したとおり、個人的な見解として
感情を通すフタが閉じている一方で、痛みという感覚を通すフタは開いてしまっている、それもフルオープン、全開になっている状態なんです。
なので、治療方針としては会話療法(トークセラピー)によって、閉じているフタの場所を探しつつ、一方で五感の刺激を通して、痛みのフタが少しでも閉じるように脳に働きかけていく…、当方では五感入力の中でもとくに触覚を重視するスタンスでして、なおかつ単一の技法に拘泥することなく多次元のアプローチを組み合わせるという統合療法の形を採っているわけですが、五感入力に関してはその整形(PTの手技)があなたに一番合っている様子ですので、そこの部分はそちらにお任せしたいと思います。
ただ、もうひとつの
と、こちらの方針を再確認しつつ、ちょっと強引な感じではありましたが、当方の傾聴カウンセリングだけでも、なんとか続けてもらいたいという趣意を…。傾聴カウンセリングという表現は相手によってインパクトが異なります(彼女に対しては心理セラピー的なイメージはポジティブな方向に響かないと判断し、よりオブラートに包んだ表現「会話療法」という言葉にスイッチしました)。
少し面食らったような、驚いた様子でしたが、
結局その日は痛みの背景を探るべく軽~いジャブ(問診)を繰り返しつつ(ライトな会話のノリを維持しつつ)、最後はその場の流れで、とりあえず次回の予約を入れていただいて終了。
痛みのソフト論は受容できないけれども“話す”という自己表現欲求(無意識の渇望)は抑え切れず…!?
その日の診察は本人にとって「
当方がどんなに「カウンセリングを含めた統合療法ですよ」と力説してみたところで、本人のなかでは「私は心療内科にかかりたいわけじゃないし、そもそも自分の症状は心療内科とは関係ない…、腰が痛いだけ…」と思っている可能性が高いわけで。
ですので、とりあえず次回の予約は入れたものの、キャンセル率80%以上だろうなあと覚悟してましたが、そんな自虐予想は見事に外れ、1週間後、彼女は現れました。
そして診察室に入ると
その後、彼女の通院はしばらく続きました。来るたび、同じパターンの繰り返し。そうして次第に“フタの場所”がくっきりと浮かび上がり、紆余曲折を経て真相に辿り着きました。
傾聴テクニックをはじめクリニカル・コミュニケーション能力を高めることの意義
さて、過去にも本症例と似たケースは何度も経験したことがあります。
現在のBReINというスタイルに辿り着く以前、施術概念にカウンセリングという文言が明記されていなかった当時は、今回のような流れに持ち込む術がなく、たいていはジ・エンドという結末でした。
その時の自分はクリニカル・コミュニケーション(略して“クリコミュ”)や傾聴テクニックといった“武器”を持っておらず、そのため自分の感情をコントロールすることができませんでした。自身の不穏なオーラを隠し切ることができなかったのです。
しかし、BReINという統合療法の看板を背負うことで、選択肢が増えたことで、さらにクリコミュや傾聴テクニックを身につけることで、今回のごとき症例に対しても、柔軟に対応することができました。
その結果、
BReINのようなカウンセリングとボデイワークの両方を重視する統合療法というものは、まだまだ世間に認知されておらず、多くの患者さんにとって意味不明ではありますが、
私ども脳塑会のスタンスは単純明快です。
さらにその医師は「方法論としてボディワークのみで改善する患者もいれば、カウンセリングだけで改善する患者もいれば、その合わせ技で改善する患者もいます」という見解を語るでしょう。
本症例の実際の診察場面(動画)はこちらのページ(動画ページ【生録!傾聴カウンセリングの実際①~②】でご覧いただけます。
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