当記事は新型コロナの影響により開催中止となった2020年4月(旧BFI研修会)の講演テキスト(敬体ではなく常体になっています…)の一部をリライトしたものです。

共感覚とクロスモダリティ

 皆さんはスマウンド(smound)という概念はご存じだろうか?これはsmellとsoundが合体した用語で、匂いと音が脳内の情報処理で密接に影響し合っている現象。

 例えば、ほとんどの人類は高い音に対して甘い味、低い音に対しては酸っぱい味を関連付ける傾向があるマウスの嗅覚系ニューロンが匂いだけでなく音にも反応してスパイクを発射していることも分かっている。

 認知症のみならず、うつ病においても嗅覚の低下が見られ、さらに鼻腔ポリープを切除すると軽度のうつ病を発症することが知られている。

 嗅覚に関しては記憶との関連でも多くの報告がなされているが、なかでも興味深いのは「赤く染めた白ワインのテイストはソムリエであっても困難」という事実だ。見た目の色に嗅覚が狂わされてしまうのだ。

 共感覚については「文字を見て色を感じる」といった書記素色覚が有名だが、これ以外にもスペアミントティーの味にガラスの手触りを感じたり、嬰へ(F♯)の音に鮮やかな緑色を感じたりするなど、様々な事例が報告されている。

 研究者いわく「共感覚はもともと備わっている異種の感覚統合が一面的に強く現れたものであり、そもそもヒトの感覚はそれぞれ個別に働いているわけではない。視覚と嗅覚、味覚と聴覚など一見無関係のように思える感覚も脳内の領域をまたいで共同作業を行っている」。

 健常者であっても、共感覚というシステムを潜在的に持っており(その一例が冒頭に挙げたスマウンド)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のLadan Shams博士も「脳は個別の専門領域の集まりで、相互作用をしないという考えはもはや採用できない」と語っている。

 共感覚に関連するシステムの亜型として、例えばマガーク効果(視覚情報と聴覚情報のずれに対して脳が視覚を優先させる現象)、ミラータッチング(触視覚統合ミラーセラピー)、小脳が予測した触覚処理とのあいだに時間的なずれが生じることで感じる“くすぐったさ”、バーティゴ(航空機パイロットの空間識失調)などがあり、これらは異種感覚統合を象徴する現象であり、同様の事例は他にも多数報告されている。

 視覚は視るだけでなく、聴覚はただ聞くだけではない。人間の感覚は様々な手法を用いて相互に補い合っている

脳の自衛措置~“障害”の裏にあるもの~

 嗅覚回路の特異性(視覚や聴覚などの感覚情報は皮質を経由して扁桃体と海馬に送られるが、嗅覚だけは嗅球からの信号がダイレクトに扁桃体に送信される)を考えたとき、そして認知症やうつ病とのチキンオアザエッグを考えたとき、例えば嗅覚回路の不活化はサブコーティカル代謝(皮質下エネルギー)の大幅な削減効果につながるのではないかという視点が浮上する。

 嗅覚回路を犠牲にすることによって何かもっと重要なことにエネルギーを注いでいるという見方である。

 これが正しいとすれば、嗅覚障害を呈した新型コロナ感染者は、同障害のなかった感染者より回復が早いという報告(2020年4月に公表されたカリフォルニア大学の臨床データ)について、一定の解釈をもたらす。

 今から10年ほど前、筆者は医学史上初めて「ギックリ腰は脳の自衛措置である」ことをネット上に発表したが(当該記事は現在リライト中)、もしかするとギックリ腰同様に嗅覚低下もまた認知症やうつ病の重症化にブレーキをかけようとする自衛措置かもしれない

 認知症の嗅覚低下は総じて糞便や汚物などの臭いが分からなくなる現象が先行する。まず嫌な臭いから感覚処理を停止させていく方策は自衛措置の観点からも理にかなっている。

 「ソフトペインには認知症やうつ病の重症化を防ぐ役割がある」と訴えて久しいが、こうして眺めてみると、ヒトの脳は様々な形で自らを守るシステムを持っているようだ。 

 例えば脳内GPS(海馬の場所細胞と嗅内皮質のグリッド細胞)の研究によれば、完璧な幾何学的発火パターン(結晶のような正六角形)を持つグリッド細胞は、ヒトの記憶形成と空間認知の関わりにおいて極めて重要な任を負っていることが推断される。

 著者は認知症に見られる徘徊はグリッド細胞の発火を促そうとする脳の自衛措置だと考えている。

 脳にはいまだ知り得ない多種多様な防衛システムが備わっている…、そんな気がしてならない。脳は本当に奥深い。まさしく小宇宙…。 

無意識下における感覚処理~盲視と磁気覚~

 そろそろ自説の核心に迫りたいところだが、無意識下の感覚処理についてもう少し詳しく見ておく必要がある。その格好の題材が盲視(ブラインドサイト)磁気覚である。

 盲視は視覚皮質の損傷によって視力が奪われた患者に見られる不思議な現象。診察室から立ち去る時、見えていないはずの椅子を無意識によけたり、対面する相手の喜怒哀楽の表情を“見分けている”ことなどが知られている。

 眼球そのもの(網膜)に異常はないわけで、映像情報は脳の無意識に入力されており、その処理プロセスにおいて皮質下レベルの反応が誘発されると考えられる。

 「眼球は正常でも脳内の情報処理に…」という展開においては脳卒中患者に見られる半側空間無視と少し似ている。これは右脳が左右の両視野を担うのに対し、左脳は右視野だけを担当するため、左脳がやられても右視野は残る(右脳によってカバーされる)が、右脳がやられてしまうと左視野が完全に欠損する。そのためほとんどの半側空間無視は“半側空間無視”という形をとる。

 ちなみに右脳と左脳の本質的な違いは、左脳は日常的な出来事および空間細部に集中し、右脳は非日常的(不測)な事態および空間全体に対応する(そのため左右の両視野を処理している)。

 小型草食動物で言えば、左脳は日常ルーティンの捕食として小さな虫を追いかけ、右脳は急に上空から接近してきた鷹に反応する。こうして左右が分担して情報処理にあたることでリスク回避を行っている。

 次に磁気覚について…。
 磁場に反応する能力がバクテリア、原生生物やさまざまな動物を含む200種以上の生物にある。

 その代表例ともいえるミツバチや渡り鳥の方位識別の力がヒトにもあるかどうかについて長年議論されてきたが、一昨年ついに東大やカルフォルニア大学の共同研究チームらがその存在を証明した。

 つまりヒトにも磁気覚が備わっているのだ。その詳細についてはこちらのページを参照していただきたい。  

 ただし磁気覚があるからといって、絶対的な方位が分かるということではない。昨年のBFI初級セミナーでウェーバーフェヒナーの法則について詳解したとおり、ヒトの感覚は絶対値を入力するわけではく、相対的な変化すなわち比率に反応するという原則を忘れてはならない。

 10グラムと100グラムの重さの違いが分かるのは、“数値”を識別しているのではなく、“変化した割合”を感じているに過ぎない。つまり脳は対数(ログ)変化を入力するのである。筆者はこれを“ロガリズム知覚”と呼んでいる(→造語一覧

証明されていない様々な感覚~第六感の候補は複数存在する~

 こうした感覚処理に関わる研究成果を受けて、ヒトが入力する感覚のうち意識に上ることなく、すなわち無意識下で処理される感覚を第六感と呼ぶ向きもある。そのため先に紹介した盲視も磁気覚も、これこそが第六感だとして紹介されることが多い。

 このように無意識下の感覚はあくまでも“感覚”であって“知覚”ではない…。もし磁気覚が意識に上って「北の方角はあっちだ」と明確に分かったなら、それは“知覚”である。そして北は寒い場所だとイメージしたならば、それが“認知”である。

 感覚と知覚と認知の違いをきちんと理解して臨床に臨んでいる医療者はどのくらいいるだろうか。これをおろそかにすると、HSP系(感受性亢進の人々)の臨床に戸惑いが生じるので、きちんと整理しておいたほうがいい。

 
 さて、人類が無意識下に入力する感覚-第六感の候補-は他にもあり得るだろうか?

 簡単に思いつくものだけでも、気圧、電流、電圧、放射線、可聴域外の音(空気振動)、可視光線以外の光などが挙げられる。

 気圧については当会の一般講演会で解説したが、人類は深海生物ならぬ“深空生物”である。地球表面を覆っている空気の体積(重さ)が気圧である。その目に見えない重さ(圧)が酸素濃度を維持している。標高が高くなるにつれて気圧低下とともに酸素密度も激減する。エベレスト登頂に成功した登山家はすぐさま下山しないと命が危ない。

 こうした気圧の変化を感知する生体デバイスとして、一般に内耳器官が取り沙汰されることが多いが、準密閉構造をなして内圧制御の仕組みを持つ器官、とくに関節内圧や皮下組織圧も重要である。

 音(空気の振動)に対しても、これを感知するのは一般に耳すなわち聴覚だけだと考えられているが、可聴域外の高周波に対しては、皮膚を通して脳が反応していることは一般講演会で詳述したとおり。

 電気に対してはどうだろうか?電流値(アンペア)は移動する電子の総量であり、電圧値(ボルト)は電子の移動速度である(分かりやすいイメージとしての表現)。人間が感電したとき生死を分けるのは一般に電流のほうである。

 電圧だけが高くて電流が低い場合は衝撃を感じるだけで済む。時に気絶する可能性もあるが(これを利用したのが10万~100万Vのスタンガン)。
 
 しかし、スタンガンとは反対に電圧が低くとも電流が大きい場合は非常に危険。ヒトに流れる電流が1~5mAならビリビリ感じる程度だが、10mAで我慢できない痛みとなり、20mAで呼吸困難、50mAでは命の危険にさらされ、100mAだと絶望的と言われている。

 通常1mAくらいからヒトは通電を感じるわけだが、それ以下の小さな電流も無意識下で処理されている可能性がある

 “そんなものはない”と決めつけるべからず。磁気覚の証明が物語っているように、電流以外の様々な物理的エネルギーも同様…。こうした次元における超個体差というものを本当に真剣に考えるべきときが来ている。

電磁波対策の後進国

 日本の医療では“化学物質過敏症”という保険病名は認められたが、“電磁波過敏症”は認められていない。そのせいか国産自動車メーカーは室内空間における電磁波対策を欧州車ほどには講じていない。

 5Gに対してもベルギーやイタリアではその健康被害を認め規制する動きが出ている。欧州では電磁波の観点から子供に携帯を持たせない法規制が広がっている。“スマホ脳”の危険性はもはや常識と言っていい。

 ちなみに筆者は電磁波に対する感受性を持っている。数年前、某メーカーのハイブリッド車に試乗したとき、それがハイブリッド車と知らずに試乗した(ガソリン車だと思い込んでいた)。
 
 運転席に座ってエンジンをかけた瞬間、頚肩部~頭部にかけてビリビリしびれるような強烈な違和感を覚え、助手席に座った営業マンに「あれ?この車はガソリン車ですよね?」と尋ねたところ、「いいえ、ハイブリッド車です」と言われ、すぐにエンジンを切った。

 この時の体験は、奇しくも筆者の感受性が先入観や思い込みの類によるものではないことを証明することになった。完全にガソリン車だと思い込んで乗車していたのだから。

 今後、国産メーカーの主力生産も世界の潮流に乗って、電気自動車にシフトしていくだろう。そのとき、果たして欧州車のように「ドライバーを電磁波から守る対策」をきちんと講じるだろうか?

 もし国産メーカーの姿勢が今後も変わらないとしたら、電気自動車オンリーの世の中になったとき、筆者の選択肢から国産車は消えることになる…。そのとき欧州の人々は電磁波対策を施していない日本車を購入するだろうか?

 「国際競争力ランキング」で、かつての日本は4年連続1位だったが、今は34位である。

 トヨタがすべきことは、(水素電池にこだわる気持ちは分かるが)何より搭乗者の命と健康を守ることではないのか。もしトヨタまで落ちぶれることになったら、本当に日本は終わってしまう…。

 日本人は5Gを含め電磁波の問題から目を背けてはいけない。産業界も、医療界も…。

電磁波についてはこちらの動画をご視聴ください。

異種感覚統合(多感覚統合)と機能的結合性

 電磁波をはじめ、このような無意識下での感覚情報処理は認知科学の発展によって今後ますます知見が増えていくだろう。このとき我々が留意すべきメカニズムこそが「異種感覚統合」である。多感覚統合と呼ばれることもある。

 感覚同士の結びつきについては先ほど紹介したとおりだが、ここで私が言いたいのは、神経回路の結びつきは果たして感覚系回路だけの問題か?という視点である。

 デフォルトモードネットワーク(DMN)では前頭葉内側と後部帯状回が結びついている(同期して働いている)が、こうした広域にまたがる同期現象は当然ながら特定の感覚系回路だけを指すものではない。

 認知科学において脳内の離れた領域が互いに協調して働く状態は機能的結合性(functional connectivity)と呼ばれる。


 心理学で有名な「感覚転移」という現象には大きく分けて2種類がある。感覚が認知を変えてしまうケースと感覚が知覚に影響を及ぼすケースである。

 前者の例としては、中身が同じ茶葉でも、薄い袋に入った軽い商品より木箱に入った重たい商品のほうが美味しく感じるといった場合で、後者の例としては「ラバーハンドイリュージョン皮膚うさぎ錯覚」などが挙げられる。

 「音楽を聴いても全く感動しない」という人の脳では、聴覚皮質と中脳辺縁系の報酬系の伝達が少ない、すなわちこの両者の機能的結合性が弱いことが分かっている。

 先に触れた航空機パイロットにおこる空間識失調(悪天候や雲の中で視覚情報が途絶えた際に引き起こされる平衡感覚の消失。墜落等の原因となる)は、視覚と平衡感覚の機能的結合性の破断として捉えることができる。

 これらとは反対に共感覚では感覚同士の機能的結合性が強まっているわけで、もしかするとソフトペインの中には無意識下で処理される感覚系回路と痛み回路との機能的結合性が生まれているケースがあり、かつそれが強まっている場合があるのではないか。

 だとすれば、わずか0.1mAを入力した感覚回路と痛み回路が結合した場合、これが電磁波過敏症に見られる頭痛の正体と言えるのではないか。同様に気圧の変化、光刺激などによって痛みが出るメカニズムも説明できるのではないか。

 音楽てんかん(特定の周波数の音に対しててんかん発作をおこす疾患)も同じ仕組みとして説明できるのではないか。

 難治性疼痛に苦しむ患者さんたちの中に、「無意識下で処理される感覚回路と結びついた(同期した)痛み回路」を抱えている人たちがいるのではないか。これが『痛みのクロスモダリティ仮説』である。

 異種感覚同士をつなげるメカニズムとして重要な知見がある。ヒトが相手の情動を読み取る際は視覚皮質と聴覚皮質からの情報を“前頭前皮質内側”および“側頭葉の上側頭溝”が中継して認識することが分かっている。

 この領域は感情を伝える手段が「顔・声・しぐさ」のいずれであっても必ず活動する。しかもその一部がDMNの領域と重なっているところがミソ。当会が掲げる境界意識仮説を補強、補完する知見だと言える。

 異種感覚の統合にもDMNが関与している可能性があり、痛み回路と何らかの感覚回路を共振させてしまう現象(引き込み/エントレインメント)についても、中継基地(接続ポイントあるいはゲーティング機構)ーDMNーがあって、さらにニューロン振動子の位相カップリングが…。

 ここから先はまた機会をあらためて…。

“互感”という造語の蓋然性について

 ずっと前から、実は五感という響きには複雑な思いがある。これはアリストテレスに起源を発する言葉らしいが、人間の感覚がまるで五感(5つ)しかないような先入観をもたらしている側面がある。

 五感以外の感覚、例えば第六感という言葉の響きに対して疑似科学の一種と見なすかのような偏見にも辟易とする(すぐに超能力だとか霊感だとかを連想したり、果てはタッチレスという響きにも宗教だとか中傷してくる輩がいる…)。

 ま、なんにせよ五感はヒトの脳が入力する感覚情報の総体を捉えた概念としては使い勝手がいい言葉だ。

 その一方で、解剖学的にデバイス(感覚受容器)が発見されているものとデバイスが特定されていないものに分けられるという視点、あるいは意識に昇る感覚と無意識下で処理される感覚があるという視点をマスキングすることにつながっている…。

 ここで冒頭に記した文章をもう一度…。

視覚は視るだけでなく、聴覚はただ聞くだけではない。人間の感覚は様々な手法を用いて互いに補い合っている

 組織学的にデバイスの見つかっている感覚だけが教科書に記述され、それのみが“科学”だという人々の思い込みを解くためにも、今後は五感ではなく“多互感(たごかん)、あるいは“互感”という用語にとって替えることを提起したい(→造語一覧)。 

 認知科学の発展は今後ますます五感という響きに対する違和感を強くさせていくだろう。ここまで読んだ読者ならお分かりいただけると思う。



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