なぜ“弾塑性”なのか?❶

神経可塑性に代わる新しい概念「可鍛性(malleability)」

 従来の神経可塑性という概念はインフルエンサー(先に紹介したノーマン・ドイジ氏)の登場もあり、「脳を鍛える」「鍛錬する」という視点が強調されており、レジリエンスに関わる文脈が欠如しています。

 昨今、海外論文を眺めていると、malleability(可鍛性)という用語を目にする機会が増えてきました。これは物質科学において“展性”と呼ばれる概念で、物質に圧縮が加えられた際の変形能力を指します。

 自由電子のやり取りをベースに持つ高度な金属加工で使われる用語で、鉄は熱いうちに打て!(鍛錬)に近いイメージです。

 西欧諸国のなかでも、とくにアメリカはビリーズブートキャンプに象徴されるように“鍛える”という世界観が好まれるのでしょう。

 日本人だって鍛えるのが好きでしょ(昨今の筋トレブームがその象徴)と言われれば、否定はしませんが、国民性としてはちょっと違うように感じます。

 例えば古武術の歴史に見て取れるように、古来から日本人はパワーを追求するよりも、しなやかさ-いかに効率よく身体を操るか-を重視してきました。柔よく剛を制すと言えば分かりやすいかと思います。 

 こうした精神性は実は建築の世界にも受け継がれています!?

日本が世界に誇る制震技術「弾塑性ダンパー」

 地震大国である我が国は制震、免震等の技術開発において世界トップを走っており、構造物をただ強固にするのではなく、揺れに対して「いなして、かわす」という視点…。 

 この分野において、変形して元に戻らない性質(塑性)と変形から回復する力(弾性)を兼ね備えた“弾塑性ダンパー”は日本の制震技術の高さを証明しています

 鉄筋やコンクリートをどんなに強くしても、ひとたび大震災に見舞われてしまえば建物の損壊は免れません。

 しかし制震ダンパーや免震装置を組み入れることで激しい揺れから躯体を守ることができます。その代表例が東京スカイツリーに採用された制震システムで、これは五重塔の心柱を現代に再現したものです。

 奈良時代の宮大工の叡智が現代建築に大きな影響を及ぼしたという事実は驚愕に値します。ちなみに「五重塔は人間の腰椎を模したもの」という筆者の卓見はいまだ建築学会を揺るがすに至っていません…。

日本は疲労研究のトップランナー

 過労死の英語が“karoushi”であることに象徴されるように(欧米では過労死する人はいないと言われている)、日本は疲労研究においても世界のトップランナーです。

 筋肉疲労の正体が実は脳疲労であることを世界に先がけて突き止めています(同時に乳酸説は否定されている)。

 海外の医療者がこうした“脳疲労説”をどのように理解しているのか、あるいはどの程度の認識を持っているのか分かりませんが、過労死と同様に脳疲労という用語もまた欧米人にとっては馴染みの薄い概念かもしれません。

 アクセルとブレーキの踏み間違いは海外でも起きているのですが…。ノーマン・ドイジ氏による“可塑性の狂乱”あるいは“ノイズに満ちた脳”という表現のほうが、強く響くのだと思います。

 こうした背景を踏まえ、今後neuro-plasticity(神経可塑性)という概念がどういった方向に向かうのかは未知数です。

 もしかすると数十年後には malleability(可鍛性)に取って替わっているかもしれませんが、いずれにせよ、これらの用語には「脳疲労ならびにその自律的回復」という概念が含まれておりません。

当会が弾塑性という概念を重視する理由

 前述したように欧米が牽引する可塑性や可鍛性という概念には、弾性(自律的に回復する力)という視点が含まれておりません

 脳の神経回路(神経ネットワーク)が書き換わるとき、すなわち可塑性が発現される際にその準備状態として、書き換わりやすい下地が整っているタイミングと、整っていないタイミングがあります。

 脳が本来持つ自律的回復能力、すなわち脳のレジリエンスが高いタイミングと、そうでないタイミングでは、自ずと結果が変わってきます。

 であれば、可塑性という概念に欠けている弾性(回復力)という次元を組み合わせることで、脳改変のプロセスをより的確に表すことになるのではないか。

 以上が、当会が弾塑性という用語を採用するに至った理由です。

 日本の古武術に象徴される身体操作ならびに建築における免震技術といった次元からも、西欧社会の言語感覚とは一線を画す形で、「しなやかに乗り越える、弾力的に回復する」といった世界観を含意する弾塑性という用語には相応の説得力があると、筆者は感じています。

「心理的レジリエンス+構造的レジリエンス=弾性」という視点

 脳の代謝産物(老廃物)を洗い流す役割が判明しているグリンパティック系(グリア細胞が主役を務める脳洗浄システム)に象徴されるように、グリア細胞に関わる新知見は今後も脳世界を席巻していくことが予想されます。

 仮にグリア細胞の真の存在理由が解明されたなら、これまで考えられてきた主役と脇役の関係が逆転する可能性すらあります。

 グリンパティック系はブレノスタシスの生命線であると同時に“脳疲労回復システム”だと言えます。まさしく“脳の中のレジリエンス”を支える存在です。

 またマインドフルネスに象徴されるように、心理的なトレーニングも脳のレジリエンスを向上させることが分かっています。

 以上をまとめると、脳の弾性とはすなわち心理的レジリエンスおよび構造的レジリエンス(グリア細胞による自律的回復力)を指しており、塑性とは従来の神経可塑性を意味しており、この両者の融合が弾塑性という概念になります

心理的レジリエンスを高める方策にはマインドフルネス、瞑想、傾聴カウンセリング、認知行動療法、ストレスコーピングなどがあり、他方、構造的レジリエンスを高める方策には食事、睡眠、運動などがある。

 外傷や慢性痛、回復期リハ、発達個性、パニック障害やうつ病、そして認知症…、これらすべての臨床に脳弾塑性を誘導するという医療観を付加すべきであり、そしてその方法論として非侵襲的なアプローチが第一選択であるべきだというのが当会のスタンスです。

 血液脳関門をすり抜ける創薬の類は諸刃の剣であり、即効性という麻薬のごとき効果と長期に苦しむ副作用があります。

 当会が推し進める「プランB」はこうした手法とは一線を画す、より安全な手法を模索するミッションです。

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